軽井沢歴史の道
軽井沢歴史の道(最終回)
38.「旧三笠通り」
かつては、三笠方面、旧ゴルフ場方面、
また水車の道へ通じる主要な道で、草軽電鉄の駅や映画館もあった。
旧三笠通りは右側の現在の「三笠通り」と左側の「水車の道」の中央にある。

白い車が停まっている道が「旧三笠通り」
道標は車の先の電柱の脇に建てられている。

現在の三笠通りより1mほど高い。

草軽電鉄の駅は右側のもう少し先にあった。
私は小学校へあがる前に父親と一緒に乗った記憶がある。
旧軽井沢の商店街は英語の看板ばかりでカルチャーショックを受けた。
「旧三笠通り」は全長150mほどの道である。

昔、軽井沢映画館はこの辺りにあった。

今は駐車場になっている
洋食レストラン菊水

40年も前、ラーメンが美味いと評判で、会社の同僚と食べに行った。
正面が軽井沢銀座通り。

かつては8月20日の旧道のお祭りを過ぎると閉店する店が多く、
冬季間は閑散とした街だったが・・

現在は一年を通じて観光客が絶えない・・・
旧三笠通りが旧軽井沢銀座通りと交差した付近に軽井沢教会がある

現在は軽井沢幼稚園が併設されている。
第1回・軽井沢歴史の道マップはこちら
今日の記事で「軽井沢歴史の道」シリーズは終わります。
退屈な記事に長い間付き合っていただき、ありがとうございました。
軽井沢歴史の道
37.「細川レーン」
大正時代、この地域は「あめりか屋」代表的建築が建ち並んだ。
細川護立、徳川慶久、徳川圀順などの別荘があった。
細川レーンは田辺レーンの途中から左折して始まる。
起点から100mほど先で直角に右へ曲がっている。

右折すると砂利道がまっすぐ伸びている。

左側は大きな区画が続いている。

細川レーンから別荘へのアプローチ(敷地内でこのスケールである)

細川レーンの一番奥に田中角栄記念館の入口がある。(非公開)

平成19年に国登録有形文化財となった建物は、
小高い丘の上にあるため入口からは見えない。
田中角栄氏は戦後、旧徳川圀順別荘を買収し、大正9年に建てられた洋風別荘を
総理大臣時代にも使用していた。晩年体調を崩した後もここで静養していた。
私は現役時代、ここで田中角栄さんに大変お世話になった思い出の場所です。
軽井沢歴史の道マップはこちら
軽井沢歴史の道
36.「田辺レーン」
財界歴々の別荘が多い地域である。
田辺別荘は「あめりか屋」建築の別荘として有名である。
田辺レーンは「旧ゴルフ通り」から右折して始まる。

起点から直線道路が伸びる・・

手前は旧ゴルフ通り
100mほど進むと交差点がある。
左折すると「細川レーン」の起点

田辺レーンは交差点を直進する。
さらに100mほど進むと、
田辺三菱製薬の創始者、田辺元三郎の別荘がある。

広大な苔庭に「あめりか屋」建築は100年近く経っても新鮮である。
さらに進むと道路は若干曲がっている。

田辺別荘を過ぎた辺りから未舗装の砂利道・・・
田辺レーンの周辺は、苔むした広大な敷地と立派な別荘が多い。
軽井沢歴史の道マップはこちら
軽井沢歴史の道
35.「旧ゴルフ通り」
大正9年、国内7番目となる「軽井沢ゴルフ倶楽部」が設立された。
会長は徳川慶久。大正12年には後の昭和天皇も訪れている。
※ 地元民は「旧軽井沢ゴルフクラブ」を「旧ゴルフ」と呼んでいる。
「旧ゴルフ通り」は三笠通りから分岐して始まる。

20mほど進むと「ゴルフ橋」を渡る。橋の手前に道標がある。
落ち着いた雰囲気の道路である。

お決まりの大きな樅と浅間石の低い石積み

先へ進むと左は「鹿島の森通り」、右は「田辺レーン」の交差点

別荘の庭のモミジが紅葉している。

終点は右側の旧ゴルフクラブハウス。

左側の看板は御膳水入口
御水端通りと旧ゴルフ通りの境界は曖昧?・・・
軽井沢歴史の道マップはこちら
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